坂本龍馬「脱藩の道」を歩くー4日目フィナーレ 17/3/27

4日目:白岩の大清水~宿間亀の甲(約2キロ、約50分)

  07:08白岩の大清水

  07:59宿間 亀の甲(ゴール地点)

4日目の歩行区間(大清水から宿間亀の甲まで)

4日目の朝。ゴールの宿間まではあと少し

舗装道路に下りてしばらく進むとまた脇道に入る

さらに右の脇道へ入って最後の下り

この道標で右の畑に下りて行く。いよいよゴール

ついに最後の道標。亀の甲にたどり着く

すぐ前には小田川が流れる。龍馬はここから川舟で下り、さらに肱川(ひじかわ)をそのまま舟で下って伊予長浜に着いた

ゴール!涙がこぼれた。すでに足はボロボロ。そしてこの後にまた無情の雨。この先歩いて伊予長浜まで行くことを断念する

といっても、最寄りの内子駅まで6‐7キロ歩かなくてはならない。バスはない。現在の小田川を渡って足を引きずりながら歩く

内子駅からJRで伊予長浜へ移動。駅から長浜に行った

龍馬が乗った舟は肱川を下り、この船着き場に到着した。「江湖」という

そのすぐ近くにある龍馬が宿泊した冨屋金兵衛邸跡 。近々、記念館になるようだ。翌朝、龍馬は江湖から再び舟に乗り、山口県防府市上関に渡る

私にとっての「脱藩の道」の旅はここで終わるが、龍馬にとってはここからが本当の旅の始まり。長州、薩摩、京、江戸、越前へと歩き回り、維新の大きなうねりを作っていく。まっことおまんは大きか男ぜよ


4日目:3月27日(月)白岩の大清水~宿間亀の甲(約2キロ、約50分)

白岩の大清水から宿間までは残すところわずかの下りである。途中、舗装道路に出たところで標識がないが、左手に下っていくと右手に脇道へ入る標識が現れる。脇道の後に再度舗装道路を進み、最後にショートカットするように宿間に下りる。道路を渡ると脱藩の道の終点亀の甲である。目の前に小田川が流れる


<フィナーレ:旅を終えて>

このコースは定年退職後にやろうと企画を温めていた。ところが2月に私より半月誕生日の遅い同僚が現役のまま他界した。いろいろ考え、まだ体力のある現役の段階でチャレンジすることにした。実は人生60年にして、初めて四国の地を踏んだ。仕事の都合上、奇しくも同じ3月24日の夕刻に龍馬の生家跡を出立することになり、このタイミングでやるからには龍馬と同じペースで歩くべく計画したが、結果的には少々無理をしてしまった

普段は週末に約15キロを歩いているので、それをベースにして組み立てたが、これが大きな間違いだった。空身で平地を歩くのと、約10キロの荷物を背負って歩くのとでは大違いで、舗装道路を延々と歩いた2日目には右足裏半分ほどの大きなマメを作ってしまった。しかも爪が2つ死にかけた(最終的には3つ)

核心部の3日目を想定し、2日目は少々無理をして茶や谷まで70キロを進むことにしたが、やはり無理だった。民宿までの約7キロ手前でヒッチハイクした。快く乗せてくれて民宿まで送ってくれた愛媛ナンバーのご夫婦には本当に感謝申し上げたい。また民宿「かまや」では、本来一人の場合は素泊まりのところ、夕食を提供してくださることになり、遅れて到着したにもかかわらず、3人の共同おかみさんが私一人のために夕餉をこしらえてくれた。洗濯機も使えるようにしておいていただき、石油ファンヒーターの前に部屋干し用のランドリーラックも組み立ててくれ本当に助かった。洗濯した衣類だけでなく、濡れた靴もヒーターの前において乾かすことができた

3日目は歩けるか心配したが、脱藩の核心部であり多くの峠越えをする山道だったので、逆に歩き通すとこができた。足の運びが違うのだろう、山道の場合は地面を蹴る動作ではなく、足をおいて上に引き上げる感じなので、大きなマメにもかかわらず歩き続けることができた。この日は途中通過する村落の自販機か店で飲み物を調達すればよいと安易に考えていたが、そのようなものは全くなく水の調達に困った。龍馬が宿泊した泉ケ峠でツェルト泊するつもりだったが、水の残りが少なく、ずっと先の白岩の大清水を目指した。白岩の大清水では、屋根のあるお堂で寝ることにし、深夜の本降りの雨を凌ぐことができた

翌朝ゴールの宿間に着いた時には、足がボロボロで思わず涙が出てきた。元気であれば、ここから龍馬が舟下りした伊予長浜まで約40キロを歩くつもりでいたが、足がひどくやられたのと雨が降り出したことで、歩きを断念して逆の川上方向の内子駅へ約6キロ歩き、電車を利用して伊予長浜に向かった。船着き場や宿泊跡を回り、電車で松山駅前のビジネスホテルに向かった

松山では小料理屋にでも入って祝杯を何杯も飲もうと思っていたが、足がひどい状態で外に出られず、ホテルの1階のレストランで「じゃこ天」を肴に地酒を飲み、定食を食べてすぐに寝てしまった

今回は積年の夢の一つであった龍馬脱藩の道をほぼ歩き通すことができた。ほぼ同じタイミングで出発し、同じようなペースで歩けたと思う。脱藩という非常時であったにせよ、また空身に近い旅姿であったにせよ、わらじであの山道をあのペースでも抜けていったことを思うと驚嘆せざるを得ない。脱藩の後には長州、京、越前、薩摩、江戸など、日本中を駆け巡っている。自分で少しだけ歩いてみて、その大変さがしみじみとわかった


脱藩の道 3日目に戻る(☚ここをクリック)

脱藩の道 プロローグに戻る(☚ここをクリック)

野風に吹かれて

はじめまして、野風です。どうぞヨロシク! 還暦退職を機にブログを始めました。数年前から復帰した山の記録がメインです。これまでヤマレコにアップしてきましたが、山以外にも広げて発信していきたいと思っています

0コメント

  • 1000 / 1000