坂本龍馬「脱藩の道」を歩くープロローグ 17/3/24-27

高知から宿間亀の甲まで 2017年3月24日~3月27日


3月24日(金):龍馬生家跡~佐川駅(約35K、約6時間)

3月25日(土):佐川駅~梼原町~茶や谷(約72K、約14時間)

3月26日(日):茶や谷~韮ケ峠~榎ケ峠~封事ケ峠~三杯谷~水ケ峠~泉ケ峠~石上峠~白岩の大清水(約31K、約11時間)

3月27日(月):白岩の大清水~宿間亀の甲(約2K、約50分)


以下の地図の赤線部分が私のGPSの記録

1日目:龍馬生家跡~佐川駅(約35キロ、約6時間)

  15:57坂本龍馬生誕の地(スタート地点)

  16:37和霊神社16:47

  18:56仁淀川橋18:57

  20:08日下分岐

  22:26佐川ビジネスホテルかりえ(泊)

2日目:佐川駅~梼原町~茶や谷(約72キロ、約14時間)

  05:19佐川ビジネスホテルかりえ

  07:48朽木峠07:56

  09:22かわうそ公園の対岸

  14:43津野町役場14:58

  17:32梼原 那須俊平・信悟邸跡17:33

  19:09ヒッチハイク点(宿へ7キロ)19:13

  19:36茶や谷農家民宿かまや(泊)

3日目:茶や谷~韮ケ峠~榎ケ峠~封事ケ峠~三杯谷~水ケ峠~泉ケ峠~石上峠~白岩の大清水(約31キロ、約11時間)

  07:11茶や谷農家民宿かまや

  10:08韮ケ峠10:13

  12:29榎ケ峠12:30

  14:59三杯谷の滝15:01

  17:00泉ケ峠17:05

  18:31白岩の大清水(野宿)

4日目:白岩の大清水~宿間亀の甲(約2キロ、約50分)

  07:08白岩の大清水

  07:59宿間 亀の甲(ゴール地点)


文久2年(1862年)3月24日夕刻、坂本龍馬(28歳)は沢村惣之丞(そうのじょう20歳)とともに高知城下を出立。梼原(ゆすはら)で那須俊平が道案内に加わり、国境の韮ケ峠を越えて高知を脱藩し、あまたの峠を越えて伊予(愛媛県)の宿間(しゅくま)亀の甲に至る。ここから小田川、肱川(ひじかわ)と小舟で進み、27日に伊予長浜に着く。翌28日には、伊予長浜から舟で山口県防府市上関に向けて発ち、その後に陸路を下関に向かった。世に言う「坂本龍馬脱藩の道」である。今回は高知から宿間亀の甲までを歩く4日間のコースを辿る

旧暦と新暦の違いはあるが、同じ3月24日の夕刻にスタートした。新暦で言えば4月22日に相当するが、暑くなること、苦手な蛇やら虫やらがより活発になることから、旧暦どおりの日程を現在の暦に当てはめることにした。初日の24日は東京の勤務先で外せない会議が午前中にあり、高知到着が午後3時前、龍馬生家跡の出発が夕刻となった。決して意図的に出立時間を合わせたわけではない。24日も日中に歩いて景色を楽しみたかった

今回、脱藩の道をほぼ完全踏破することができた。「ほぼ」としたのは、2つの理由がある。1つ目は、茶や谷の民宿に約束した時間に到達できず、約7キロ手前でヒッチハイクして車に乗せてもらったこと、2つ目は、わずかな距離ながらも脱藩の道を外れたこと(梼原の太郎川公園内でルートを見失い197号を進んだ。また梼原の先の広野において夜間のため民家の間を抜ける脱藩の道を避けて舗装道路を迂回した)。これ以外は、忠実に標識を辿った。最後の方に張り付けてあるヤマレコにアップした記録にアクセスして、私のGPSログをインポートして使用していただければ、上記の区間以外は脱藩の道を外さずに歩けると思う

龍馬脱藩の道を歩くにおいて、以下の方針を立てた

①先達が解明した脱藩の道をできる限り辿る(参考資料リスト参照)

②不明な部分は正確さに執着せず大凡合っていれば良しとする

③脱藩ルートを外れて維新関連の史跡巡りや観光はしない(する余裕もないが・・)

④概ね同じ日程で歩くこととする

⑤宿間から伊予長浜までの舟下り部分は、体調や到着時刻によってどうするか決める

以下に主な参考資料を列挙した。脱藩の道の概要を手っ取り早く把握するには②や③が便利である。沢村惣之丞が龍馬の義兄に語ったとされる「覚・関雄之助口供之事」(関雄之助とは沢村惣之丞の変名)が昭和の末に公になり、これをもとに村上恒夫氏が丹念にルートを解明した①の本が歴史も含めて最も詳細に記述されている。ただしルート図や写真は②③④に劣り、ルートに関する文章を地図上で辿るのも容易ではない。個人的には③が最も参考になった。⑤のサイトも大変に参考になった


参考文献、サイト:

① 「坂本龍馬・脱藩の道を探る」村上恒夫著、新人物往来社刊行:P79-214

② ゆかりの地を訪ねて「坂本龍馬」旅のハンドブック、リベラル社発行:P30-47

③ 歩く旅シリーズ「坂本龍馬を歩く」一坂太郎著、山と渓谷社:P121-133

④ 「坂本龍馬 脱藩の道をゆく」左古文男著、KOINKYO BOOKS:P82-131

⑤ 「脱藩の道、com」 坂本龍馬脱藩の道ポータルサイト

http://www.dappannomichi.com/

⑥ コトバスサイト、坂本龍馬・脱藩の道を歩く ウォーキングプラン全6行程

http://www.kotobus-express.jp/ryoma/model.html

YouTube

梼原周辺の脱藩の道を紹介するビデオ6本

https://www.youtube.com/watch?v=T_Ap7tdg8wo

https://www.youtube.com/watch?v=wJimHYQMYaw

https://www.youtube.com/watch?v=WYOZaT5313o

https://www.youtube.com/watch?v=eXpDiC2zyLw

https://www.youtube.com/watch?v=ndZ6gBh-HQc

https://www.youtube.com/watch?v=towru_-Z9Lg

車の移動と徒歩での峠越えで、全工程を早回しで見るサイト:

https://www.youtube.com/watch?v=VKwykdaaVtM


コンビニ:

高知を出て仁淀川橋の前後にサークルKとローソンがあり、これが最後のメジャーなコンビニとなる。これ以降は東津野や梼原の街中に、ローカルなコンビニ様の店がパラパラとあるだけで、内子駅周辺に着くまで調達できない(内子駅周辺にもコンビニはない)。十分な補給調達戦略が必要である

水場:

県道や国道を歩く間は、ところどころに自販機があるので、水やスポーツドリンクを簡単に調達できる。問題は脱藩の核心部だ(私のケースでは3日目)。茶や谷から韮ケ峠を越え、その後も幾多の峠越えをするのだが、店も自販機も何もない。ペットボトル2本分の水で進んだが、補給できたのは「男水自然公園」と「白岩の大清水」のみ。たくさん担いで歩くか途中の村落などで水を分けてもらうなど、作戦が必要

宿泊、テン場:

常識的に歩くと、以下の4つに分割でき、宿泊地を参考までに記載する

①高知から佐川(泊)

 ビジネスホテルかりえ

②佐川から梼原(泊)

 太郎川公園キャンプ場

 民宿「友禅」

 民宿「花の家」

 雲の上のホテル

 雲の上のホテル別館マルシュユスハラ

③梼原から野営地(泊)

 以下は幕営できそうな場所をリストしたが、野営に当たっては自治体等に事前確認されることをおすすめする

 韮ケ峠:大きな平地がある。トイレがある。水は不明

 三杯谷の滝:店の跡の横に若干スペースあり。階段の上にトイレあり。水は不明

 御幸の橋:神社の境内にスペース。トイレと水は不明

 泉ケ峠:石碑周辺のスペース。トイレと水はない

 耳取峠:スペースと屋根付きお堂あり(約2畳)。トイレと水はない

 白岩の大清水:お堂あり(約2畳)。水はあるがトイレなし

 その他、山中の適当な場所

④野営地から宿間

 宿間亀の甲の小田川の河川敷に幕営できなくはないが、ゴールの宿間周辺には宿泊施設等はない。内子町、大洲市、伊予長浜、松山の旅館やホテルなどの宿泊施設を利用することをおすすめする


以下のリンクページ以降にこの道を歩かれる人を想定して詳細な記録を書いた。また、ヤマレコにアップした記録(すぐ上のリンクサイト)では、すべての写真をGPSのログ記録に配置しておいたので、そちらを参考にしていただければと思う。写真は分岐などにある「脱藩の道」の標識を撮影して貼り付けてあるので、枚数が多くなっている


脱藩の道 1日目に進む(☚クリック)


野風に吹かれて

はじめまして、野風です。どうぞヨロシク! 還暦退職を機にブログを始めました。数年前から復帰した山の記録がメインです。これまでヤマレコにアップしてきましたが、山以外にも広げて発信していきたいと思っています

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