野風

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北ア 北鎌尾根に挑むーその1(17/09/03)

初めて槍ヶ岳に登ったのは高校生だった。むかし山をやっていた親父に槍ヶ岳に登ってみたいと頼んだら、本当に夏休みに計画してくれた。親父はキスリングザックや靴や服など、すべて道具を処分していたので、自分と私の分のキャラバンシューズを買い、服は二人ともジャージで登った荷物はすべて私が背負い、親父は空身で登った。親父にとっては15年ぶりくらいの山で、何のトレーニングもなく、忙しい仕事の合間を縫って出かけた。まだ40代後半に差し掛かったところだったが、さすがに昔取った杵柄とはいかず苦しそうだった親父が山小屋には一人米3合を持参するのがルールだと言うので、私が二人分の生米6合を担ぎ上げたものの、肩の小屋について出したら山小屋の人に笑われた(褒めてもくれたが・・)。米の持参は昔の話になっていた穂先に登ると、当時は珍しいヘルメットをかぶった人たちが祠の横から上がってきた。凄い!と身震いした。親父が「北鎌尾根から来た人たちだ」と教えてくれた。以来、いつか自分もあの尾根から槍に登りたいという想いを抱き続けてきたまさか還暦になってその夢に挑戦することになるとは思わなかった。仕方ない。結婚して25年間、山をやめていたのだから。ここ数年、ブランクを取り戻すように山に登って経験を積んできたつもりだ。挑戦するなら今しかないとの思いで出かけた北鎌尾根は極めて有名な尾根だが、一般登山ルートではない。体力、技術、ルートファインディング力が試される地図には載っていないバリエーションルートだ

応仁の乱に学ぶ徳川の凄さ

学術的な書としては異例の発行部数(35万部)となっている「応仁の乱」(呉座勇一著、中公新書)を読んだ。戦国時代の到来を招いたとも言われる大乱である。時代は15世紀終わり、1492年にコロンブスが新大陸を発見した20年ほど前の我が国の話だ。応仁の乱という名前は聞き覚えがあっても、詳細はおろか教科書に書いてあった概要さえ思い出せない。というわけで手にしてみたが、最初のうちは登場人物が多くて、なかなか頭に入らず読み進まない。そのうちに大きな流れが把握できてきて、三分の一くらい読んだあたりから一気に読めた。歴史の解説をする気は毛頭ないが、足利の室町幕府で管領という要職を担う大大名の一つ、畠山一族の跡目相続に端を発する世の乱れである。一族の内紛が、地縁・血縁などにより他の武家や公家を巻き込み、さらには将軍家や他の大名の跡目争いまで絡んだ戦乱となる。そこに混乱に乗じた地方の有力一族の勢力拡大や荘園などの既得権益を回復しようとする寺社の思惑も混ざり、乱世は10年以上に及んだ。東軍と西軍に分かれて戦うのだが、御所と将軍を味方につけた東軍に対抗するため、西軍は将軍足利義政と相続で揉めていた足利義視を将軍に担ぎ上げ、さらには奈良の山奥に隠棲していた南朝の末裔を引っ張り出して新帝にし、新たな体制を構築しようとする。読み進むうちに、吉川英治の「私本太平記」で読んだ南北朝時代の混乱を思い起こした。太平記に興味を持ったのは、NHKの大河ドラマがきっかけだったが、ドラマも吉川英治の描くストーリーも歴史の教科書では到底味わえないような面白さに溢れていた。応仁の乱から遡ること約150年、こちらはまさに天皇家が割れ、貴族、武家などことごとく身内が分裂して骨肉の争いを広げた乱世である。応仁の乱も、ことの発端の畠山家のみならず、管領職を担う他の大大名である細川家、斯波家も身内が割れ、さらには将軍家の足利家までもが二手に分かれて争うという有様であった。身内の争いは、武力による優位性あるいは跡目約束による手打ち、本人の死去などにより終焉していくのだが、地方の有力一族など思惑の異なるステークホルダーズも多く、争乱はだらだらと続いていく。これらの有力一族とは守護大名や守護代などであり、本来は公家や寺社が保有する各地の荘園の管理を任された武家に加え、自ら開墾により勢力をつけてきた地場の豪族たちである。後に戦国武将として歴史舞台に登場する上杉、武田、毛利、伊達、織田、長曾我部など多くの大名は、これらの守護大名やその家臣である守護代であった。さて、前置きはこれくらいにして本題に戻る。足利幕府(室町幕府)の後に戦乱の世を経て次に幕府を開くのは徳川である。幕府を開くにあたり、家康あるいはそのブレーンたちは、足利幕府の失敗を相当学んだと思われる。応仁の乱の発端は有力大大名の畠山家の相続争いであり、争乱に関与した大名も同じようなお家騒動が起きていた。徳川幕府は、世継ぎは嫡男とすることを制度化し、大名家におけるお家騒動を未然に防止する仕組みを作った。次に、これは意見が分かれるところかもしれないが、有力大名(特に外様大名)や公家、皇族と次々に縁組したことである。応仁の乱では、畠山家をはじめとする各大名家の争いに血縁を理由として少なからぬ大名が関わることになったが、徳川は政略的に縁組を進めることで、徳川に対し弓矢を引けないようにしたと考えられる。ある大名が反旗を翻しても、縁組を結んだ有力大名たちが徳川に味方せざるを得ない状況にしていったのではないか。また、足利時代の守護大名は、本来は在京を義務付けられていたが、管轄する荘園のマネジメントに精を出して蓄財すべく地方に帰って留まるものが多かった。近隣の新興勢力が荘園を奪おうとするなどの不安材料があったのも一因である。このため、守護大名が地方に留まり、力をつけて戦国大名へと変わっていき、後に戦国大名同士が領地争いを繰り広げる。徳川幕府においては、三代家光の治世に参勤交代を制度化し、1年おきに江戸詰めと地元を繰り返させ、うまくバランスをとるとともに、参勤交代の出費で地方の大名の蓄財をうまく制御した。さらに、京ではなく江戸に幕府を開き、皇族や公家から距離を置くことで、京でのいざこざによる「延焼」や「類焼」を防いだことも歴史から学んだ予防策ではなかったかと思う。もちろん、豊臣恩顧の大名が多くいる関西から距離を置いたということもあろうが・・。以上、私見の塊のような考察だが、いつの間にか近畿の大大名に成り下がった足利幕府と、本当の意味で長期に全国的に機能した徳川幕府との違いを思わざるを得ない。「応仁の乱」を読んで、過去に学び同じ轍を踏まないようしっかりと仕組みを作るということが、いかに大切かということを考えさせられた。ハーバードビジネススクールがケーススタディに重きを置いて議論するスタイルをとるのも頷ける。

人は第三のチンパンジー?

チンパンジーにはコモンチンパンジーとボノボチンパンジーの2種類が存在するそうだが、これらチンパンジーのDNAはどれくらい違うのか?答えは0.7%。では、人とチンパンジーのDNAはどれくらい違うのか?1.6%だそうだ。ちなみに人とゴリラでは2.3%違うとのこと。霊長類の中でも類人猿と呼ばれるテナガザル、オランウータン、ゴリラ、チンパンジーは、人と極めて近しい動物だ。類人猿の中で一番離れているテナガザルの場合、約5%の違いらしい。では、ほかの動物はどうか?ネットで調べてみると、犬が約6%、牛や豚が約20%、ハエや鶏が約40%。イメージに合っているだろうか。では魚は?あるいはネズミは?実は、魚は約15%で牛や豚よりもDNAの差が小さいようだ。ネズミはたったの3%、マウスに至っては約1%でチンパンジーよりも差が少ない。この違いをどう感じるかは人それぞれだろうが、私には意外とも成程とも感じられた。動物間の相違はどうやらDNAの量的な相違だけの問題ではないようだ。人とチンパンジーのDNAの相違、さらには人とマウスのDNAの相違を見ればわかるように、見た目が大きく異なるマウスの方が、見た目が近いチンパンジーよりも人とのDNAの相違が小さい。つまり、動物間の相違はDNAの相違量と比例関係にあるのではなく、ある特定のDNAの相違が種としての大きな違いを生み出しているということらしい。ある種の遺伝子の違いが、進化の過程で決定的な違いを引き起こしているようだ。つい先ごろの新聞に興味深い研究成果の記事が載っていた。脳の運動野にプレキシンA1という遺伝子があり、人やチンパンジーではこの遺伝子は働かないが、マウスではこの遺伝子が働く。そこでマウスのプレキシンA1を働かないよう遺伝子操作したところ、マウスの手の動きが格段に向上し、人やサルと同じように器用に指を動かせるようになったという報告である。ある特定の遺伝子が飛躍的に能力を向上させる一例である。蛇足ながら遺伝子はDNAの一部分である。ここで冒頭のタイトルの話に戻そう。「第三のチンパンジー」(草思社文庫)という文庫本が書店で目に留まり買って読んだ。正式な書名は「若い読者のための」という接頭句と「人間という動物の進化と未来」という副題がついている。もとは1991年に米国で出版された本で、日本では「人間はどこまでチンパンジーか?」(新曜社)というタイトルで1993年に翻訳されている。その後の科学研究の成果を踏まえ、若い読者を念頭に再編集されたのが本書「第三のチンパンジー」である。著者はジャレド・ダイアモンドで米国の進化生物学者、生理学者、生物地理学者だ。この著者の本では、数年前に「文明崩壊」上下巻(草思社文庫)を興味深く読んだが、こちらは別の機会に紹介したい。「第三のチンパンジー」では、同じ霊長類の中でも特に近いと言われる人とチンパンジーを比較しながら、わずかなある種のDNAの違いにより、人類に特有の能力、性質、行動などを生じさせていると推論している。例えば、言葉や文字などのコミュニケーション能力、発明・発見などにより文明を生み出す力、芸術を生み出す感性、一方で、ジェノサイドと呼ばれる大量殺戮行為や繁殖とは関係ない性行動など、動物とは異なる人間らしさのようなものである。このような人間を人間であらしめる差は、あるDNAが長い進化の歴史の中で突然変異的に変化し、そのことによって大きな差を生み出したという仮説である。このような人間らしさが、自然界に介入することで秩序を破壊し、少なからぬ動植物を絶滅の危機に追いやり、さらには自らの存続の危機さえ招き始めていると著者は警鐘を鳴らす。人類の歴史において、隕石の落下や火山の大噴火などの大きな自然災害や文明間に起こった破壊的戦争などの痕跡がないにもかかわらず、いくつもの高度な文明が忽然と滅んだ例が少なからずある。その多くは、自らが発展していくために行った森林伐採や家畜の繁殖などが、巡り巡って自ら住む生態系を壊し、文明を立ちいかなくさせてしまったことが原因であるという。このようなある特定の地域で特定の文明が滅んだ事例と異なり、現在は地球規模で同じような破滅への道を突き進んでおり、過去に学んで将来の手引きとすることを著者は訴えている。さてここからは私の勝手な想像だが、ジャレド・ダイアモンドの憂慮が不幸にして現実化してしまったとしよう。そして、長い未来の歴史の中で、今の人類より格段に優れた生物が現れたとする。その生物は我々をどう評価するだろうか?『進化の過程で類人猿から派生し、毛の少ない二足歩行する人類が誕生した。地上走行や空中飛行、さらには惑星への宇宙空間移動などの道具や、思考を代行させる初歩的な人工知能を使った。異なる言語の集団社会を多く形成するも、集団間の争いは絶えず、殺戮を繰り返した。また、わずか数千年の間の異常繁殖により生態系を破壊し、多くの動物や植物を滅亡させ、その結果人類も自滅した』とでも記載されるのだろうか。子供、孫、そのずっと先の世代へと、人類自身が第三のチンパンジーにとどまらず、本当の意味で高等生物に進化していく系譜であってほしいと願うばかりだ。

One Piece 86巻(直接関係ない話)

還暦ジジイがワンピース?いぶかる方も多いと思うが、かれこれ15年くらい追っかけている。今年で20年を迎えたロング連載の人気アニメだ。海賊王を目指すルフィーとその仲間たちが繰り広げる海の冒険。きっかけは小学生だった息子たちが見始め、付き合って見ているうちにハマってしまった。ちょうどアラバスタ王国のあたりだった。それ以前のストーリーは、ビデオテープを買って最初からつないだ。私自身は週刊ジャンプやマガジンを買ってまで読むほどの追っかけではないが、ドラゴンボールやNARUTOなど、いくつかのアニメはカミさんが呆れるくらいにTVで見ていた。今では見ているのはワンピースだけになってしまったが・・。さて我が家には第1巻から最新刊の86巻まで揃っている。次男の部屋の本棚にはぎっしりと夥しいコミックが並んでいるが(それ以外の本は全くない)、ワンピースだけは長男が所有している。といっても、買うのは私なんだけど。ワンピースは、ほぼ3か月ごとに発刊される。発売日に買って読むのが習慣になっている。第86巻は8月4日に発売された。ここ2‐3年だろうか、最新刊を手にしても前回のストーリーをすっかり忘れて話がつながらないのだ。というわけで、最近はまず前巻を読み直してから最新刊を読んでいる。小川洋子の「博士の愛した数式」の博士は80分しか記憶が持たないが、まるでこの博士のように一定時間が経過すると忘れてしまうみたいだ。昔はこんなことはなかったのだがと、ちょっと将来が不安になっている。どれくらいで忘れてしまうのだろう。多分、1か月もするとストーリーをすっかり忘れているような気がする。もう一度読み返さないと最新刊が読み進めない。さらに1巻を読み終えるのに息子の3倍の時間はかかる。これは甘んじて受け入れよう。もともと本を読むスピードは遅いのだから。でも、追っかけている好きなアニメのストーリーを1か月で忘れてしまうようになったのはちょっとショックだ。伏線が絡み合って、登場人物が増えてきたことやストーリーが複雑になってきたことなどはいくらか言い訳になるかもしれないが、これは健全と呼べる範囲の記憶力低下と言っていいのだろうか?元々さほど大きくない溜め池に長年の土砂や枯葉が積もり、溜め池の容量がさらに小さくなってしまったようだ。脳トレのドリルでも買ってきて、毎日のウォーキング同様、ちょっと脳を鍛え始めた方が良さそうだ

古代アテネの民主制崩壊に思うこと

塩野七海の「ギリシャ人の物語」(新潮社)を読んだ。といっても、全3巻の第1巻と第2巻である。全巻出揃ってからにしようかと思ったのだが、この方は年1巻の執筆ペースなので、第3巻は半年くらい先にならないと出てこない。というわけで、読み始めてしまった。読み始めると、塩野ワールドというか独特の世界にすぐに引きずり込まれる。ローマ人の物語(全15巻、ただし文庫本で読んだので全45冊)、ローマ亡き後の地中海世界(全2巻)、十字軍物語(全3巻)と読み継いできたが、いつもながら綿密な調査をもとに、その国や周辺諸国の時代背景やうねりのようなもの、登場人物の生い立ちや人間性などが描かれ、歴史の教科書では到底味わえない面白さに溢れている。財政破たんに陥っている昨今のギリシャはさておき、スパルタやアテネに代表されるいくつもの都市国家が存在した紀元前600年から紀元前400年くらいのギリシャが舞台である。当初からスパルタと並んで2大都市国家と言われながらも、海運国のコリント、最強の陸の戦士国家スパルタに比較して、軍事面も商業面も突出していたわけではないアテネであったが、奴隷制を禁止したソロンに始まり、クレイステネスなどの為政者により、いち早く民主制を確立していく。スパルタ教育という言葉が象徴する戦士育成プログラムにより、スパルタ市民の全男性に課せられた過酷なまでの日常的なトレーニング。日本の江戸時代でいう士農工商でいえば、士のみが市民の権利を持つ一方で、重装歩兵としての兵役義務を負う。農工商の従事者は市民権が与えられず、その代わり日常的な兵役は免除される(ただし、有事には軽装歩兵として従軍はさせられる)。世襲制の二つの王家から二人の王を選出し、エファロスと呼ばれる5人の監督官が王の暴走による独裁を監視する仕組みを持つ。一国平和主義を国是とし、専守防衛を基本として、スパルタは自国中心の国体を強化させていく。一方のアテネは、超富裕層による第1階級から農民の第4階級まで階級制度があるものの、誰もが市民としての権利を与えられ、応分の義務も負う。市民により毎年選挙が行われ、10の地区からストラテゴス(執政官のようなもの)が一人ずつ選出され政治を行う。有事になれば、10人のストラテゴスの中から選出された数名が軍を率いて戦いに出る。富裕層である第1・第2階級が重装歩兵になり、第3・第4階級は軽装歩兵として従軍する。テミストクレスの先見性により陸の重装歩兵よりもガレー船の建造による海軍の創設、強化に乗り出し、食の輸入や商業の発展のために周辺国家との関係構築に乗り出す。ソクラテスやプラトンなどの哲学者やフィディアス、ミロンなどの彫刻家、アイスキュロス、エウリピデス、アリストファーネスなどの悲劇・喜劇作家が活躍したのもこの時代である。また、荘厳なパルテノン神殿もこの時期に建立された。この2大都市国家において、王政をとり一握りの特権階級のみが市民権を持つ武闘国家として進むスパルタにとって、農民や手工業者にも市民権を与え商業国家として勢力を拡大するアテネは、スパルタの国体やシステムを揺るがしかねない目障りな存在となっていく。アテネが突出した海軍力を持つに至り、2国間の緊張は高まる。そのとき起きたのがペルシャによる西への進出である。エーゲ海を挟んで現在の中東一帯の国家はペルシャに従属し、陸と海から西を目指してくるペルシャ進軍はギリシャにとって一大危機であり、スパルタとアテネは手を組み、圧倒的な軍事力を誇るペルシャに立ち向かう。マラトンの戦い(アテネ)、サラミスの海戦(アテネ)、プラタイアの戦い(スパルタ)などを戦い抜き、陸海両面でペルシャに対し、奇跡的な大勝利を収める。以降、ペルシャは西への進出を停止し、エーゲ海周辺国家はアテネの同盟国家(デロス同盟)になる。一方のスパルタはペロポネソス半島の都市国家を集め、ペロポネソス同盟を形成する。危機が去ると、スパルタとアテネには再び争いが起こり始める。直接的ないざこざよりも、同盟国がらみのもめごとから双方の盟主が出ざるを得ず、衝突するケースが多い。圧倒的な脅威の前では一致団結できても、脅威がなくなれば近隣国同士の争いが再燃する。また圧倒的な海軍力でペルシャの危機や海賊を追い払ったアテネは、エーゲ海周辺の同盟国に戦争への従軍を求めたり、軍事費用を負担させたりする。従軍頻度や費用負担の要求が増大すると、不満を抱く同盟国が現れ、同盟離脱などの不協和音がでてくる。相手方陣営にとっては付け入る隙が生まれることになる。やがてスパルタも海軍の重要性に気づき、船団を持ち始める。アテネの絶対的優位であった海軍力の優位性が薄れ、海軍同士の衝突も始まる。アテネ市民は海軍の増強を支持し、負担にも耐え、ペルシャ戦での圧倒的な成功体験から自国の海軍に過剰な期待を寄せる。無謀に海外進出したイタリアのシラクサでは、スパルタの援軍により派遣したアテネ海軍が壊滅状態になるような経験したことのない負け方をする。それでもその後のスパルタ海軍との衝突は、依然アテネの勝利で終わるのだが、鮮やかな勝ち方でないとケチがつき始める。デマゴーグと呼ばれる扇動者が現れ、何だかんだと揚げ足取りをする。これに市民が乗せられ、優秀な指揮官を次々と更迭したり、有能とは言えない指揮官を送り出すなど、衆愚政治と呼ばれる民主制の悪いスパイラルに陥っていく。やがて、実戦で力をつけてきたスパルタに海戦で負け、陸においても圧倒的な強さを誇るスパルタに完膚なきまでに叩きのめされてしまう。この結果、同じギリシャ人同士ながら、男はみな殺され、女子供は奴隷に売られ、アテネの町は破壊されて、民主制国家アテネは消滅する。アテネやエーゲ海の島々が築き、後のヘレニズム文化につながる文化などとはほとんど無縁で、軍事の強化に専念した武骨なスパルタが国家として生き残ることになる。さて、長々と歴史を書き連ねてしまったが、個人的にはアテネの滅亡に心が痛む。現代の民主制と比較しても、市民が主権を持つという意味においては理想的な国体を構築し、建築、文学、哲学など様々な文化に燦然と輝く功績を残したアテネには生き残ってほしかった。滅亡の詳細なプロセスについては、ぜひ「ギリシャ人の物語」を手に取っていただければと思う。このアテネの歴史に改めて接し、最近の国際情勢にも通ずるものがあるように思う。陸と海のような違いはないが、米ソの突出した総合軍事力をもとに第2次大戦以降続いた西と東の同盟体制。ソビエトが崩壊し冷戦は終わったかにみえ、東側諸国の多くが呪縛から解き放たれ、自由主義陣営の優位が見えてきたかに思えた。しかしながら中国という新たな勢力が台頭し、軍事力でも経済力でも一大パワーになりつつある。ソビエトの崩壊後、ロシアは国体を維持し、経済力や軍事力においても復活しつつある。さらに、北朝鮮のような新たな脅威も生まれつつある。一方、西側の盟主たる米国においては、アテネがデマゴーグに扇動され、リーダーを失ったことや資質を疑われるリーダーに国政を取らせたことなど、衰退過程のアテネの状況に似ていないといえるだろうか。盟主としての矜持は消えてしまったかのように、自国優先が目立ち始め、軍事的な費用負担増も求め、移民の流入制限も強化されつつある。経済や安全保障の観点から、保護主義的な政策には一定の理解はするとしても、自由の象徴である米国が、その国の生い立ちも良さも脇に追いやって進んでいるように思えてならない。一方で軍事力や経済力を増大させる国が増え、核の脅威は残念ながら拡散しつつある。国家が力をつけることほど国民を勇気づけるものはない。しかし、それが軍事力となると話は違う。また、厳しい情報統制により、自政府を批判するデマゴーグを押さえつける国も少なくない。デマゴーグの抑止ならよいのだが、健全で自由な意見を不当に押さえつけたり、政府自らが情報操作してデマゴーグ化するのは何とも危うい状況だ。国民は自由に情報にアクセスし、状況を正しく理解し、見識をもって将来につながる判断を下さなくてはならない。このような仕組みの担保なくして民主制は成り立たない。国民全員が選挙権を持つ国ならば、国民一人ひとりが内外の情勢に目を向け、デマゴーグに乗せられることなく、子孫のためにそして地球のために禍根を残さない判断を下していかなければならない。翻って、日本の民主制は盤石だろうか。戦後に構築され、これまで続いてきた仕組みで今後も対応できるのだろうか。何を変え、何を変えてはいけないのか、しっかりとした議論がされているだろうか。マスコミはそのような議論の一助となるべく正しく機能しているだろうか。政策の立案において与党内の議論は尽くされているのだろうか。野党は多面的にチェック機構として機能しているだろうか。古代アテネの繁栄と滅亡を見るにつけ、民主制の良さを機能させ続けることがいかに大切かを思い知らされる。日本も世界も怪しい方向に進んでいるように思えてならない。還暦ジジイの取り越し苦労であればよいと願っている。さて、来年早々の発刊が期待される第3巻、若きアレキサンダー大王の東征をどう蘇らせるのか今から楽しみだ。