野風

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現役復帰

今年の6月に引退してこのブログを始めて4カ月、快適な隠居生活を送ってきたが、縁あって現役復帰することになった。本当はパートタイム的な仕事が本望だったが、やむなくフルタイムで現役復帰することに新しい土地での単身生活に新しい職場での仕事を始めて1週間。右も左も分からず、心身ともにぐったり。会社が違うとこうも仕組みやシステムが違うかと思うくらい、戸惑うことが多い。そのうち慣れて当たり前になってしまうのだろうが、前職が37年と長く、新卒で入社して60歳になるまで一つの会社で働いてきたので、あまりにこの会社のやり方に馴染んでしまったことも違和感の原因だろう昨今はメールをはじめ、ほとんどのことをITシステムで処理するので、使用するシステムが異なると、何をするにも手間取って時間がかかる。しかも新しい会社では、俗に言う総務部門が大幅に縮小され、何でもシステムを通して自分で処理する仕組みなので、ITリテラシーが低いと大変苦労するそれはさておき、新たな生活拠点は私の趣味である山にはうってつけのロケーションだ。北アルプスの麓といっても過言ではない飛騨地方だ。穂高連峰などはすでに雪をかぶり冬山になりつつあるので、来シーズンまで北アに出かけることはできないが、周囲は里山だらけなので、真っ白な北アの山並みを眺めにそのうち出かけたいとは言いつつ、すでに名古屋本社への出張予定も次々と入り、名古屋近郊の実家に泊まって生活することも多くなりそうだ(これはこれでありがたい)。しばらく生活や仕事に慣れるまで落ち着かないが、山だけでなく追々飛騨地方についてもブログを発信していきたいまずは新しい職場から眺める北アルプスの写真から。

北ア 北鎌尾根に挑むーその1(17/09/03)

初めて槍ヶ岳に登ったのは高校生だった。むかし山をやっていた親父に槍ヶ岳に登ってみたいと頼んだら、本当に夏休みに計画してくれた。親父はキスリングザックや靴や服など、すべて道具を処分していたので、自分と私の分のキャラバンシューズを買い、服は二人ともジャージで登った荷物はすべて私が背負い、親父は空身で登った。親父にとっては15年ぶりくらいの山で、何のトレーニングもなく、忙しい仕事の合間を縫って出かけた。まだ40代後半に差し掛かったところだったが、さすがに昔取った杵柄とはいかず苦しそうだった親父が山小屋には一人米3合を持参するのがルールだと言うので、私が二人分の生米6合を担ぎ上げたものの、肩の小屋について出したら山小屋の人に笑われた(褒めてもくれたが・・)。米の持参は昔の話になっていた穂先に登ると、当時は珍しいヘルメットをかぶった人たちが祠の横から上がってきた。凄い!と身震いした。親父が「北鎌尾根から来た人たちだ」と教えてくれた。以来、いつか自分もあの尾根から槍に登りたいという想いを抱き続けてきたまさか還暦になってその夢に挑戦することになるとは思わなかった。仕方ない。結婚して25年間、山をやめていたのだから。ここ数年、ブランクを取り戻すように山に登って経験を積んできたつもりだ。挑戦するなら今しかないとの思いで出かけた北鎌尾根は極めて有名な尾根だが、一般登山ルートではない。体力、技術、ルートファインディング力が試される地図には載っていないバリエーションルートだ